2016年11月14日 (月)

この大切な日に

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友人と遊んだ宝塚。最後には、宝塚駅近くの砂州を眺めました。

この砂州には、1月17日が近づいてくると、「生」という文字が現れるのです。
その「生」は、やがて流れに運ばれて見えなくなり
見えなくなったと思ったら、また再び築かれて。


けっして失われてしまわない。


生とは、命とは、そうしたものなのでしょう。
11月14日。今日この日。
cocologにお別れを告げます。
理由は、話せば短い、実に簡単なこと。
でも、生まれて初めてブログなるものを書き
ブロガー仲間と交流する楽しみを教えてもらった
cocologと別れることは、とてもつらいのですが……



人生は無常、有為転変は人の世の常。
さぼりがちだったことが悔やまれます。
こちらへ過去記事ごとお引越ししていたりします。


それでは、皆様のご健康とご多幸を祈りつつ……
See you again.

2016年10月17日 (月)

宝塚へ

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   神戸に暮らす私にとって宝塚は、知っているようで知らないまちだ。
 子どものころには家族で遊びに行ったはずなのだけど……近いようで遠いまち。
 

   宝塚沿線には学生時代の私の友人が多く住んでいて
 その誰もが、足ることを知り自分を知り、心豊かに暮らしていた。
 
   華やかな生活をしながら俗物根性の強い神戸びとの私の目には、要するに、
 そこは今も昔も、「美し(はし)ひとの多く住むまち」である。



 ある日、中学時代からの親友にエスコートしてもらい、宝塚に遊んだ。
 まっさきに案内されたのが宝塚劇場。
 そこで、 ファンクラブの方たちがトップ待ちをする様子を見学した。
 宝塚スターの立ち姿、歩く姿は、後ろから眺めるだけでも目の保養であるが、
 ファンクラブの方々の統制された動きとその合理性、そして辛抱強さは、
 確かに、一見の価値がある。無駄口などたたかないから、
 一斉に立ったり座ったりすると、衣ずれの音まで聞こえるのだ。


 宝塚レビューのファンとして、一般のひとに不便をかけたり不快な思いをさせない。
そうすることで、自分が応援するスターを守る。
統制された動きの中に感じるその心に感じ入った時間となった。
 


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そのあとに向かったのは、宝塚大劇場の斜め向かいに位置する、手塚治虫記念館だ。
ここは小さな施設だが、手塚治虫さんの膨大な数の作品に記憶が触発され、
自分の過去に思いを馳せ、時代を振り返ることになった。
幾列にも分かれ、かつ、長い発表作品群表には、手塚さんの濃密な人生がしのばれた。


 手塚さんと同じ医学専門学校に学んだ父。ひとつ下の学年に、
顕微鏡で見た細胞などのスケッチが抜群にうまい男がいると思ったら、
それが手塚治虫さんだった。


あまり過去のことを言わなかった父が話していたことを思い出す。
父もやはり、濃密な人生を歩んだひとだった。


 そうしたことも思い、この作品は知っている、あれ、これは知らないよ、
などと言っていると、年表の前だけで、かなりの時間を過ごしたのである。
思い出の宝庫のようなこの記念館には、また出かけたいものだ。


 この日は、15時にボランティア活動が入っていたので、友とは昼食を一緒にして別れた。
友の気遣いで、ぎりぎりにして時間を守ることができた。
自分のまちに戻って、担当の席に腰を下ろしたあと、心に浮かぶのは、
姿の見える限り、いつも私を見送ってくれる友の姿。
それは、どこかへ私が置き去りにしてしまった、心ある礼儀。母たちの時代の礼節。


  この日のことを振り返れば、
宝塚というまちとそこに暮らす人々の心の温かさに癒され、
背筋が伸びる思いがするのだ。
 

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